ずーっとブログが書けなかった理由。それは8月20日(月)に祖母が天国に逝ったから。
生まれた時からずーっとそばで私と妹の面倒を見てくれたおばあちゃん。
両親が仕事に出かけている間、ずっと妹と私を自分の子供以上にかわいがってくれた。ときには叱られて怖かったけど、魚の煮付けとか煮物しか作れなかったおばあちゃんが私たち孫の為に洋食を作ってあげたいと一生懸命で『辻クッキングスクール』に新米主婦たちと一緒に通ってくれたことを思い出す。
昨年冬に腸閉塞になり直腸ガンと診断され、急遽人口肛門を付ける手術を行った。その時すでに93歳。家族会議を開き歳が歳だけにこれ以上メスを入れて余計に寿命を縮めることを恐れ手術はしないことに決めた。
それから約1年半後の今年6月。急にお腹を痛がるようになり、家の近くの病院に緊急入院。検査入院ということだったけれど検査を拒み痛み止めの薬を飲み続ける日々。検査も手術もしないのであれば退院させざるをえないという一方的な病院の要請に母と困惑し、急いで緩和ケアを提供してくれる病院を探した。
『緩和ケア』はご存知の方も多いかもしれないけれど、ガンの治療を目指した医療ではなく、苦痛への対処療法を行うところ。症状の緩和を目的とした医療を選択し、可能な限り快適に過ごせるような環境を整えてくれる場所。祖母は運よく家の近くで緩和ケア病棟のある病院に入ることができた。
7月3日入院。病院の最上階にある病棟は薬の嫌な匂いのしない明るい清潔感溢れるところだった。4人部屋の病室も薄いピンクのカーテンで仕切られていて広々。おばあちゃんは寝たきりになっていたので床ずれ防止のエアベッドを用意し1時間毎に看護士さんが看回りにきてくれた。
入院して1週間が経過した頃、痛みがひどくなりモルヒネを投与しなければならなくなった。おばあちゃんの腿の辺りに針を入れ、管を通して自動的に薬が体の中に入っていく装置がついた。痛みが無くなったのはいいが、それと同時に目がうつろうつろでボーっとすることが多くなり、1ヶ月を経過するとどんどん食が細くなり飲み込む力も衰え、声を出す力すらなくなっていった。
8月19日。ゼリーやアイスクリームなら食べるというのでハーゲンダッツのバニラアイスクリームを買って持っていった。アイスを口の中に入れると青汁を飲んだかのように顔をしかめっ面にして嫌がったのでお水を飲ませた。お水を一口飲むのにも大変そうだったけど感謝の気持ちを表して手を合わせたり、口をつぼめて笑ってみたりしてくれた。そんなおばあちゃんが寝るまで妹と2人で一緒に付き添い気持ち良さそうに眠ったので病院を後にした。
8月20日。こんなに早くこの日が来るなんて思っていなかった。。。会社に行く途中、母から電話があり「すぐに病院に行くように。」と。かけつけた時にはもうすでに息を引き取っていてそばにいてくれた看護士さんの目が赤くなっていた。愕然としたけれどおばあちゃんのその安らかな眠ったような顔を見て苦しまずに逝けたんだと思って心の中で「良かったー良かったー」って叫び続けた。
94歳の大往生。
戦争を経験し物が何も買えない大変な時代を生き抜いてきたおばあちゃん。
息子、娘、沢山の孫、ひ孫(私は・・・未だ。ごめんねーーっ、おばあちゃん!)、大勢の親戚、近所の方々に見守られながら天国へ旅立っていった。
おばあちゃんは幸せだったよね?
最近のコメント